*この記事は、「天狼院書店」に掲載された記事を転載したものです。
あなたの家の廊下は広いだろうか? 狭いだろうか?
こう聞かれて、即答できる人は少ないと思う。大抵の人は「えっ……と?」と言葉に詰まるはずだ。それは、
「初対面でいきなり何聞いてんの、この人」
と不審に思う気持ちもあると思うけれど、そもそも廊下の幅の“基準”というものが、あなたの中にないから答えられないのだ。
例えば、身長2メートルの男性を街で見かけたとする。あなたは友人に「さっきめちゃめちゃ大きい人が歩いてたよ!」と話すことができる。それは、日本人男性の平均身長は170センチくらい、という“基準”がなんとなく頭にあるからだ。
では、廊下の幅の“基準”とはなんだろう?
その答えのキーとなるのが「お碗」である。
お椀の直径は4寸(約120ミリ)。これは、日本人が片手で持てるジャストサイズだ。
お椀は、お盆に乗せて運ぶ。伝統的なお盆は、お椀を2×2で4つ乗せられる大きさに作られている。つまりお盆の幅は、8寸。
料亭では、このお盆を持って中居さんが廊下を行ったり来たりする。廊下は、中居さんがお盆を持っていてもすれ違える幅がなくてはならない。
つまり廊下の幅は、16寸。これが廊下の幅の“基準”である。
住宅建築では、このような“基準”がたくさんある。いわば「暮らしのものさし」だ。この「暮らしのものさし」を実践で学ぶため、弊社で取り組んでいるのが、スタッフ全員参加の弁当づくりだ。
自己紹介が遅くなったが、私は鹿児島の小さな工務店に務めている。スタッフは18名。スタッフ全員参加の弁当づくりは通称「ベガ弁」と呼ばれている。“ベガハウス”という社名にちなんだもので、月に1回、全員がお弁当を作ってきて、お昼に発表している。
「ベガ弁」にはひとつだけルールがある。それは、テーマを守ること。毎月、食材や調理法でテーマを設けて、それに準じたお弁当を作らなければならない。先月は「たまご」で、三色そぼろやオムライス、たまごサンドなどが並んだ。
出揃った弁当の中から、その月のNo.1を決める。審査するのは現役ママでもあるパートさん3名だ。どうせ作るからにはNo.1になりたい。女性スタッフだけでなく男性スタッフも割と真剣である。
スタッフ全員の弁当と審査の様子はブログで公開しており、お客さまはもちろんスタッフの家族からも「弁当から人柄が見える」と好評だ。
住宅をつくる工務店が、なぜ弁当づくりに力を入れているのか?先程の廊下の話を思い出してほしい。実は、弁当も立派な「暮らしのものさし」なのだ。
弁当をつくるのは、当然キッチンである。
住宅においてキッチンは主要な設備のひとつだ。朝・昼・晩の調理に食器洗い。1日の中で過ごす時間の長さを考えても、家事のメインステージはキッチンと言える。
そんなキッチンだから、お客さまも当然こだわる。いろんな要望が飛び出してくる。それに応えようと、こちらも必死で頭をひねる。キッチンを考えるには、やはり使ってみるのが1番。「使ってみる」といっても、インスタントラーメンを作るって言うんじゃ話にならない。
そこで弁当である。
弁当には、ご飯、主菜、副菜がすべて入る。最近はスープジャーも登場し、汁物も持ってこれるようになった。つまり、弁当には料理の基本が詰まっているのである。これだけの品数を効率よくつくろうと思ったら、キッチンをフル活用しないといけない。シンクで米を研ぎ、作業スペースで野菜を切り、コンロでは煮物と炒め物を同時に火にかける。そうやって作業を並行して進めると、様々な不便に気づく。
「シンクから冷蔵庫までの距離を、あと15センチ近づけたら1歩で手が届くのに」
「子どもと2人で料理するから、作業スペースは子ども用まな板1枚分広いほうがいいな」
この気づきは、弁当づくりから生まれた新しい「暮らしのものさし」のタネだ。このタネの数が多ければ多いほど、一つひとつの家族に合わせたキッチンのアイデアや、間取りや、寸法が生まれる。
技術の進歩は本当に目まぐるしく、それはキッチンにも影響している。平成の間だけでも、食器自動洗浄機(食洗機)が標準化し、火を使わないIHコンロも広く普及した。キッチンが変われば、作る料理も変わるだろう。料理が変われば、使う食器も変わるだろう。食器が変われば、ダイニングテーブルの大きさも変わるかも知れない。
キッチンの変化は、とどのつまり、家全体の変化に直結している。そういった変化に対応できるよう、我々は弁当づくりを通してタネを拾い集めているのだ。
良いキッチンづくりが、良い家づくりにつながると信じて。
これは弊社に限ったことではないのだけど、もしあなたがモデルハウスなどを見学したとして、「素敵なキッチンだな」とか「使いやすそう」と思ったら、「設計士さん、いい仕事してますね」と褒めてあげてほしい。とっても美味しい料理を食べたときにシェフを呼び出す、あの感覚で。