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『設計のまえがき、暮らしのあとがき』
2026/06/04

部屋の居心地の良さを決めるのは、そこにある『素材』を五感で感じたときに広がる、言葉にできない雰囲気です。
それは単に、体に優しい自然素材を並べるということではありません。素材が持つ固有の性質や、光との相性、時の流れによる変化。それらすべてを熟知した上で、どう響き合わせるかという「編集」の妙にこそ、その空間独自の体温が宿るのです。
私たちが大切にしているのは、素材に対するフラットな視点です。自然素材は確かに素晴らしいものですが、それだけに固執し、埋め尽くしてしまえば、空間はどうしても重たく、野暮ったいものになりがちです。私たちが目指すのは、自然素材が持つ「揺らぎ」と、現代の技術が生んだ工業素材が持つ「整った美しさ」を、絶妙なバランスで、お互いの良さを引き立て合うこと。その知的な調和の中にこそ、私たちが追い求める『素朴な品という豊かさ』の本質があります。

住宅づくりの世界には、いつの間にか作られた「正解」のようなものが溢れています。「自然素材の家なら、すべてを木と土でまとめなければならない」といった、ある種、伝統に縛られた予定調和な選択。しかし、住まいとは本来、住まう人の内側にある「偏愛」を映し出す鏡であるべきです。
木や漆喰はもちろん、真鍮、革、リネン、あるいは陶磁器。あなたの直感が惹かれるものは、すべてが等しく選択肢となり得ます。大事なのは、素材をスタイルという枠に閉じ込めるのではなく、その素材が持つ「光と影」――つまり、使い込むほどに変化する性質や、光を反射・吸収する固有の癖――を深く理解した上で、適材適所に配する知性です。素材の本質を熟知してこそ、初めてルールに縛られない自由な選択が可能になるのです。

空間に配された素材たちは、沈黙の中で常に私たちに語りかけています。
例えば、手に触れる場所にある真鍮は、その確かな重量感とともに、時間の経過を静かに教えてくれる存在です。使い始めの眩しい金色は、触れるたびに独特の酸化を繰り返し、やがて深い古美色(こびしょく)へと熟成していく。これを単なる変化と見るのではなく、日々の暮らしが刻まれた『味わい』と捉えることで、部屋全体の心地よさに、時間という特別な深みが加わっていきます。
光の表情を司るのは、リネンや綿といった織物です。これらは空間に「隙(すき)」と「光の層」をもたらします。リネンの不規則なシワに宿る柔らかな陰影、そして季節の風を透かす通気性。こうした繊細な布の質感が加わることで、住まいは無機質な空間から、呼吸する柔らかな居場所へと生まれ変わります。
一方で、空間に静寂と威厳を与えるのは、タイルなどの陶磁器です。自然の土と火で作られた陶磁器には、ひとつとして同じもののない表情と、土の温もりをそのまま活かした、暮らしに優しく馴染む佇まいがあります。これらは柔らかな素材と対比させることで、お互いの輪郭をより鮮明に引き立てます。端正に並んだタイルの目地が作るリズムや、表面に落ちる静かな光の反射は、空間にどこか神聖な空気感をもたらしてくれるでしょう。

私たちの役割は、これらの素材が持つ「良さ」も「危うさ」もすべてを把握し、空間として統合することにあります。自然素材は生きており、呼吸をしています。だからこそ、時に割れ、時に動く。その「ゆらぎ」を不都合と捉えるのではなく、自然の摂理として享受するために、私たちは異素材を組み合わせます。
自然素材のみで構成されたデザインには、確かに揺るぎない安心感があります。しかし、そこに空間をすっきりと見せる真鍮のラインをあしらったり、金属のきりっとした表情やガラスの透明感を組み合わせたりする。ただそれだけで、空間の表情は劇的に変わり、驚くほど軽やかで洗練された佇まいへと昇華されます。自然素材という伝統だけに固執するのではなく、異なる素材をぶつけることで生まれるデザインの可能性を選択できること。この「特性を理解してこその自由」こそが、私たちが大切にしている設計の根幹です。

家を、完成した瞬間がピークである「工業製品」とは考えないでください。パッケージから出したばかりの新品が最も価値があり、あとは古びていくだけのモノに囲まれて暮らすのは、どこか空虚ではないでしょうか。私たちが選ぶ素材は、住み始めてからが本当の始まりです。
経年変化は、家族がそこで時を刻んできた証。
自分たちで床にワックスを塗り込み、真鍮を磨き、時には壁の汚れさえも思い出として受け入れる。そんな「手を加え、育てていく」という主体的な関わりの中で、家は単なる「建物」から、あなただけの「居場所」へと昇華していきます。
住まい手の成長とともに、家もまた落ち着きと品格を増していく。
十年後、二十年後に床を撫でながら「今のほうがずっといい家だ」と、誇りを持って微笑むことができる。時の流れを味方につける素材選びこそが、私たちが求める『素朴な品という豊かさ』への、最も誠実な道しるべなのです。
連載:『素朴な品という豊かさ』を求めて
文:桓本直紀(ベガハウス プランナー)