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『設計のまえがき、暮らしのあとがき』
2026/06/18

私たちの暮らしにおいて、光は常にそこにあるものです。しかし、そのあり方を意識的に整えている人は、意外と少ないのかもしれません。家づくりにおいて、間取りや素材と同じくらい、あるいはそれ以上に「居心地」を左右するのが灯りです。
私たちが理想とするのは、ただ明るいだけの部屋ではありません。そこに住まう人の所作を美しく引き立て、心をふっとほどく、そんな「素朴な品」を感じさせる灯りのあり方です。

日本の住宅において、長らく正解とされてきたのは、天井の中央から部屋の隅々までを一様に照らし出す「一辺倒」な灯りでした。しかし、効率を優先して影を消し去るほどに明るい空間は、情緒を削ぎ落とし、安らぎをどこか平坦なものにしてしまいます。
心地よい空間をつくる鉄則は、一辺倒な灯りをやめること。光を「役割」で分けて考えてみてください。料理や読書の手元を照らす「タスクライト」。そして、壁や天井を柔らかく照らす「アンビエントライト」。この二つを組み合わせ、光をあてる場所と、あえて影のまま残す場所を心地よく配置していくのです。
居心地の良さは、いつも光と影のあいだに生まれます。すべてを明るく照らさないことで、かえって気持ちがすっと落ち着く。暗さをただ不便なものとして遠ざけるのではなく、心を休めるための「静かな背景」として楽しむ。そんな明かりとの付き合い方が、暮らしに心地よいゆとりをもたらすのです。

居心地のいい部屋にするために大切なのは、照明のまぶしさを感じさせないことです。そのためには、まぶしさを抑えたダウンライトを選んだり、天井や壁、造作家具のなかに器具を仕込んで光源を隠す工夫が欠かせません。電球が直接見えない明かりが、壁や天井、そして素材に沿って柔らかく照らすことで、空間は落ち着きで満たされます。
そうやって部屋のベースとなる明かりの気配を消し、徹底して引き算にするからこそ、家族が集う食卓の上のペンダントライトなど、あえて姿を見せる照明が「空間の象徴」として美しく引き立ちます。すべてを主張させるのではなく、たった一つの愛着を際立たせる。その調和こそが、住まいに揺るぎない品格を授けてくれるのです。

一日の終わり、私たちはなぜ焚き火や沈みゆく夕日にこれほどまでに安らぎを覚えるのでしょうか。それは、地平線に近い場所から放たれる暖色の低い光が、太古の昔から「休息」のサインとして私たちの本能に刻まれているからです。
リラックスしたい時間こそ、光の「重心」を意識してみてください。天井から降り注ぐ強い光を消し、ソファの傍らに置かれたフロアランプや、足元を静かに照らすフットライトに灯りを切り替えてみる。重心を下げた灯りは、視線を自然と低い位置へと落ち着かせ、昂ぶった神経をゆっくりと解きほぐしてくれます。
天から降り注ぐ光が活動を促す「陽」の光なら、地に近い場所で灯る光は、生命を休ませる「陰」の光。この本能に基づいた「光の重心」を住まいに取り入れることで、日々の営みには穏やかな安定がもたらされます。

「明るさ」に対する感覚は、驚くほど人それぞれです。ある人には心地よい光も、別の人には過剰に感じられる。年齢や体調、あるいはその日の気分によっても「心地よい」と感じるラインは変化します。
そこで重要になるのは、明るさを自在に絞るだけでなく、その時々の活動に合わせて光を「足せる」「補える」という調整の余白です。例えば、読書をする手元にテーブルランプを置いたり、静かに過ごす傍らにフロアスタンドを添えたり。人の「居場所」に合わせて光を自在に補填できるという安心感があるからこそ、私たちは心置きなく、空間全体の豊かな暗がりを愉しむことができるのです。

灯りは、ただ部屋を明るくするためだけのものではありません。それは、空間全体の居心地を優しく整えることです。低い位置からの柔らかな光が、素材やお気に入りの家具を照らし、床に静かな影を落とす。そのとき初めて、家は単なる「建物」から、本当の「居場所」へと変わります。
明るさを自在に操り、時にはあえてほの暗さを残すこと。その微細なしつらえの積み重ねが、暮らしに奥行きを与え、何気ない日常をかけがえのない情緒へと変えていくのです。
夜、家路につくとき、窓からこぼれる柔らかなオレンジ色の光。扉を開けたときに広がる、穏やかな陰影のグラデーション。その心地よい明かりに触れたとき、私たちは一日を終え、ようやく「素の自分」に戻れるのです。
連載『素朴な品という豊かさを求めて』。全九回にわたるこのシリーズも、ここで一区切りとなります。
私たちがこの連載を通じてお伝えしたかったのは、特定のデザインの正解ではありません。流行のスタイルや最新の設備といった、一時の目新しさを追いかけるのではなく、たとえば、日々に馴染む確かな手触りや、窓の向こうに広がる景色、心を落ち着かせる灯りといった、暮らしの様々な断片をひとつずつ丁寧に重ねていくこと。
それこそが、私たちがこの連載のタイトルに込めた「素朴な品という豊かさ」の正体です。それは、日常にあふれるささやかな心地よさや、何気ない尊さにふと気づくこと。日々の忙しさに追われるなかでも、一人ひとりがもつ心地よさがそっと引き出され、そういう時間が流れ、そんな空間に身を置くことこそが、本当に豊かなことだと私たちは考えています。
この連載が、あなただけの「心地よさの基準」を築いていく、ひとつのきっかけになったなら幸いです。
(完)
連載:『素朴な品という豊かさ』を求めて
文:桓本直紀(ベガハウス プランナー)